剣道の「面すりあげ面」竹刀の裏表どちらで摺り上げるべきか

剣道の応じ技において、試合の勝敗を大きく左右する「面すりあげ面」。相手の鋭い面打ちを瞬時に捌いて一本にする爽快な技ですが、多くの修行者が一度はぶつかる壁があります。

それが、「相手の竹刀を、自分の竹刀の裏(右側)と表(左側)のどちらで摺り上げるべきか」という疑問です。

道場の先生によって指導が異なったり、参考書によって推奨される方法が違ったりするため、迷ってしまうのも無理はありません。結論から言うと、裏と表にはそれぞれ明確なメリット・デメリット、そして適したシチュエーションが存在します。

今回は、剣道六段・錬士の視点から、面すりあげ面における「裏・表」の選択基準、それぞれの技術的なポイント、そして試合や審査で一本にするための極意を徹底的に解説します。

そもそも「面すりあげ面」とは?基本の仕組みと重要性

面すりあげ面は、相手が面を打ってくる勢いを利用し、自分の竹刀の鎬(しのぎ)を使って相手の竹刀を斜め上に 摺り上げ(叩き落とすのではなく、軌道をそらす)、相手の体勢が崩れた瞬間に面を打ち切る技です。

全日本剣道選手権などのトップレベルの試合でも頻繁に見られる、極めて実戦的かつ芸術的な応じ技の一つです。

なぜ「裏・表」の選択で迷うのか?

剣道界では、古くから「すりあげ技は表から行うのが基本」とされる傾向があります。しかし、現代のスピード化した剣道においては「裏でのすりあげの方が素早く対応できる」という意見も根強くあります。

SNSや剣道専門誌のアンケート、ネット上のコミュニティでも、以下のようなリアルな声が飛び交っています。

  • 「表で摺り上げると、自分の体勢が崩れにくく綺麗な一本になりやすい」

  • 「裏の方が、相手の手元が上がった瞬間に最短距離でコンパクトに打てる気がする」

  • 「審査では表じゃないと落とされるって本当?」

このように、指導者や選手によって意見が分かれるからこそ、それぞれの特徴を正しく理解し、自分に合った技術を選択していく必要があります。

【徹底比較】竹刀の「裏」と「表」による摺り上げの違い

面すりあげ面における「裏(自分の竹刀の右側・相手の竹刀の左側)」と「表(自分の竹刀の左側・相手の竹刀の右側)」の違いを、分かりやすく表にまとめました。

項目 裏での摺り上げ(右側) 表での摺り上げ(左側)
主な特徴 最短距離でコンパクトに振れる 相手の竹刀を大きく外せ、姿勢が崩れない
難易度 比較的易しい(現代剣道で多用) やや難しい(刃引・鎬の正しい使い方が必要)
メリット

・動作が小さく、スピードに対応しやすい


・手元をあまり上げずに捌ける

・中心(正中線)を奪い返しやすい


・打突に威力を乗せやすい


・審査での見栄えが良い

デメリット

・摺り上げた後、軌道が外れやすい


・打突が軽くなりやすい

・動作が大きくなりがち


・遅れると手元を打たれるリスクがある

適した場面

・相手のスピードが非常に速い時


・小手から面への変化などに対応する時

・相手が手元から真っ直ぐ伸びてくる時


・昇段審査(美しさを求められる場)

竹刀の「裏(右側)」で摺り上げるメリットと技術的ポイント

現代のスピード剣道や高校・大学の試合において、非常によく使われるのがこの「裏すりあげ面」です。

1. 最短距離での打突が可能(スピードの優位性)

相手の竹刀を右側に摺り上げる場合、自分の左拳を中心に、竹刀の先をわずかに右へ傾けるだけで相手の竹刀を捉えることができます。そこから大きな円を描くことなく、そのまま真っ直ぐ面へ移行できるため、技の起こりから打突までの時間が圧倒的に短いのが特徴です。

2. 相手の手元が上がった瞬間を捉えやすい

相手が面を打つために手元を上げた瞬間、その竹刀の左側(自分から見て右)を内側から引っ掛けるように摺り上げます。これにより、相手の打突の軌道を最小限の動きで狂わせることが可能です。

【裏すりあげのコツ】左拳の位置を動かさない

裏で摺り上げる際の最大の注意点は、「左拳を右に流さないこと」です。

焦って左拳まで右に動かしてしまうと、手元が完全に空いてしまい、相手の面がそのまま自分の頭部に乗っかってしまいます。左拳は常に自分の中心(へその前)に維持したまま、手首の返し(右鎬の操作)だけで摺り上げる感覚を意識してください。

竹刀の「表(左側)」で摺り上げるメリットと技術的ポイント

伝統的な剣道の美しさを体現し、昇段審査などでも高く評価されるのが「表すりあげ面」です。

1. 中心(正中線)を完全に制圧できる

表での摺り上げは、相手の竹刀を自分の左側(相手の右側)へ押し出すように捌きます。この動作を行うと、自分の竹刀は自然と相手の顔面の中心(正中線)に位置することになります。つまり、摺り上げた瞬間に自分が最も有利なポジションを確保できるため、その後の面打ちが非常に強力かつ正確になります。

2. 体勢が崩れず、堂々とした一本になる

表ですりあげる場合、相手の力を自分の左鎬で受け流す形になります。これにより、打突時に自分の右半身が前に出やすくなり、物打ちでしっかりと相手の面を捉えることができます。腰が引けにくく、残心まで美しく決まりやすいため、一本としての見栄え(有効打突の条件)を完璧に満たすことができます。

【表すりあげのコツ】「叩き落とす」のではなく「すくい上げる」

表すりあげが苦手な人の多くは、上から相手の竹刀を「叩き落とそう」としています。これでは間に合いません。

正しい動きは、自分の竹刀を小さく右下に開き、相手の竹刀の下から半円を描くように「すくい上げる(表鎬で滑らせる)」イメージです。相手のスピードをそのまま上に逃がす感覚を掴むと、驚くほど軽い力で綺麗に決まるようになります。

試合と昇段審査での使い分け:六段錬士が教える実践の極意

「裏と表、結局どちらを使えばいいのか」という問いに対する答えは、「目的(シチュエーション)によって100%使い分ける」です。

試合(勝利至上・スピード重視)の場合:基本は「裏」、状況で「表」

試合ではコンマ数秒の遅れが命取りになります。そのため、相手の技が非常に速い場合や、出鼻をくじくスピード勝負の展開では「裏すりあげ面」を推奨します。動作が小さいため、万が一空振りしたり相手が技を途中で止めたりした場合でも、次の防御や切り替えへのリスクを最小限に抑えられます。

ただし、相手の打ちが単調で、上から大きく乗っかってくるようなタイプであれば、「表すりあげ面」で完全に中心を割り込んで一本にする方が、審判の旗が非常に軽く上がります。

昇段審査(格式・美しさ重視)の場合:圧倒的に「表」が有利

四段、五段、そして六段以上の昇段審査においては、単に「面が当たったかどうか」ではなく、「理合(りあい)にかなっているか」「姿勢が美しいか」が厳しく見られます。

審査の場で裏すりあげ面を行うと、どうしても手元がセカセカとした小細工のように見えてしまうリスクがあります。一方、表すりあげ面は、相手の攻めを真っ向から受け流して中心を制する「王道の技」として映ります。風格や美しさをアピールするためには、迷わず「表」を選択すべきです。

まとめ:自分の剣風と目的に合わせて両方をマスターしよう

面すりあげ面における「裏」と「表」は、どちらかが正解でどちらかが間違いというわけではありません。

  • 裏(右側)のすりあげ:スピードと実戦性に優れ、現代の試合で強力な武器になる。

  • 表(左側)のすりあげ:理合と美しさに優れ、中心を制した堂々とした一本(審査向け)になる。

まずは自身の得意なプレースタイル(剣風)に合わせてどちらか一方を徹底的に練習し、無意識に体が動くレベルまで落とし込みましょう。それができたら、もう一方の技術にも挑戦し、試合用と審査用で自由自在に使い分けられるようになるのが理想です。

鎬の感覚を養うには、毎日の基本稽古(切り返しや約束稽古)の中で、意識的に竹刀の側面を触れ合わせる感覚を意識することが一番の近道です。ブレない心と美しい姿勢を意識しながら、日々の稽古に励んでみてください。